LOGIN離宮での生活が始まり、三日が過ぎた。
少しずつ。
本当に少しずつだけれど、クラリッサの呼吸は穏やかになっていた。
朝は庭園の散策。
午前は図書塔で勉強。
午後は離宮の手伝い。
夕方には皆で食事をする。
そんな毎日だ。
けれど――。
違和感は消えていなかった。
◇
(……また)
図書塔の窓辺。
一冊の本を閉じた瞬間だった。
視界の端に、金色の文字が浮かぶ。
【選択肢を確認】
【共鳴率未達】
【ルート未確定】
「……え?」
瞬きをする。
すると、文字は消えた。
何もない。
いつもの図書塔だ。
(今のは……)
気のせい?
そう思った、そのときだった。
胸の奥が、ふわりと熱を帯びる。
まるで、誰かが本をめくるような音。
パラリ。
パラリ。
そして、静かな声が響く。
――【プリムローズ・メモリア】
クラリッサの身体が小さく震えた。
(また……)
最近、何度か聞こえるようになっている。
誰かの声。
でも、誰なのか分からない。
怖くはない。
むしろ、懐かしい。
そんな不思議な感覚だった。
「クラリッサ」
後ろから声がした。
「ひゃっ!?」
思わず飛び上がる。
振り返る。
エルネストだった。
「す、すみません!」
「……そんなに驚くことか?」
「い、いえ……」
慌てて本を抱える。
すると、エルネストが少し眉を寄せた。
「顔色が悪いな」
「え?」
「眠れていないのか?」
「いえ、大丈夫です」
「嘘だな」
「え……」
「また、目の下に少し隈ができている」
さすが観察眼が鋭い。
クラリッサは少し視線を逸らした。
「……少しだけ」
「何かあったのか?」
迷う。
でも、隠すことではない。
「最近……声が聞こえるんです」
「声?」
「はい」
「誰のだ?」
「分からないんです」
エルネストの表情が少し真剣になる。
「順を追って話してくれ。いつから、どんな時に、何が見える」
その問いかけに、クラリッサは少し驚いた。
これまでのように断片を拾い集めるのではなく、
最初から整理しようとしている。
「……断罪の夜からです。本を読んでいる時や、何かに集中している時によく」
「声と、文字と。両方か」
「はい。優しくて懐かしい声と……それから、変な文字も」
「文字は覚えているか」
「共鳴率、とか、ルート、とか」
エルネストは頷き、机へ向かった。
引き出しから一枚の水晶板を取り出す。
「見えた文字を、思い出せる順に教えてくれ」
「えっと……選択肢を確認、共鳴率未達、ルート未確定……でした」
さらさらと書き留める。
「他には?」
「……プリムローズ・メモリア」
その瞬間。
エルネストの羽根ペンが止まった。
「……聞き覚えがある」
「え?」
「だが、思い出せない」
珍しく困惑している。
「古代術式か、記録魔術か……いずれにせよ、王家の記録書には存在しない名だ」
「そんなに珍しい言葉なのですか?」
「おそらくな」
彼は水晶板に書き並べた文字を一度見渡す。
「――整理しよう」
「はい」
「君が見た言葉には、二つの系統がありそうだ」
クラリッサは首を傾げた。
「二つ、ですか?」
「一つは、選択肢や共鳴率、ルートといった、何かを選び、進めるための言葉」
エルネストは水晶板の上に一本の線を引く。
「もう一つは、プリムローズ・メモリアという、それらを束ねている装置そのものの名だ」
線の下に、もう一つの言葉を書き足した。
「つまり、後者が本体で、前者はその機能の断片、ということでしょうか」
「今のところは、そう考えるのが自然だ」
クラリッサは小さく息をついた。
バラバラに聞こえていたものが、初めて輪郭を持った気がした。
「その現象は、追放されてから始まったか?」
「……はい。断罪の日以降です」
「そうか。ならば偶然ではないな」
「偶然じゃない……?」
「何かが起きている。そして、それは君の家系と無関係ではないはずだ」
「私の家系……アルベリオンが、ですか?」
「記録家門とは、ただの家系ではないからだ」
エルネストは水晶板を置いた。
「王国建国期の文書に、断片的な記述がある。
記録の継ぎ手は、世界の改変を感知する――と」
「世界の……改変?」
クラリッサの胸が、ざわりと揺れた。
1話の夜に見た文字が蘇る。
【外部改変を検知】
「……心当たりがあるか?」
「……断罪の夜に、同じような文字が見えました」
エルネストの目が細くなる。
「やはり、そうか」
その時だった。
胸の奥で、何かが大きく脈打った。
ドクン――。
「え……?」
淡い光が指先に宿る。
花びらのような粒子。
宙に浮かぶ文字列。
それらがゆっくりと形を結んでいく。
「動くな、クラリッサ」
エルネストが即座に立ち上がった。
「は、はい……!」
光はどんどん増えていく。
まるで一冊の本が形作られていくようだった。
やがて、薄桃色の表紙を持つ光の書物が現れる。
パラパラとページがめくれた。
そして――一連の文字が、今度はまとまった形で浮かび上がる。
【記録接続――適合者:クラリッサ・ド・アルベリオン】
【継承率:二二%】
【起動条件:達成】
【アナスタシス・コード、凍結解除】
「……っ!」
頭の奥へ大量の情報が流れ込む。
見知らぬ景色。
王宮。
学園。
知らない未来。
そして――。
三人の王子。
(これは……何……?)
その瞬間。
エルネストの表情が変わった。
「……そういうことか」
「殿下?」
「世界の秘匿記録装置だ」
彼は静かに言った。
「プリムローズ・メモリア」
その名前を口にした瞬間。
薄桃色の光が、まるで返事をするように揺れた。
そして、続けてもう一つの文字列が浮かぶ。
【重要対象:三名(一名・進行可能)】
【第二王子エルネスト――接続】
【共鳴率:二七%】
エルネストの瞳が僅かに見開かれる。
「……私も、その重要対象に含まれるのか」
「殿下も同じ光を見ているのですか?」
「ああ。今、たしかに感じた」
クラリッサの胸が、少しだけ熱くなる。
二つの系統に見えていた言葉が、この瞬間だけは一つに重なった気がした。
すると、胸の奥で《プリムローズ・メモリア》が静かに囁いた。
【アナスタシス・コード接続開始】
【運命の分岐点まで、残り僅か】
クラリッサはまだ知らない。
この光の書物が記録してきたものが、
自分たちの「はずだった未来」であることを。そして、それを書き換えられる者が
――この世界でただ一人だということを。穏やかな離宮での日々。 しかし、クラリッサの前には少しずつ不思議な現象が現れ始めます。 物語の核心へと繋がる、新たな扉が開きます。
アルカディア離宮の朝は、王都より少し遅く始まる。 北方山脈から吹く風が、高原の草花を優しく揺らしていた。 白い石造りの館。深い青色の屋根。 中央には時計塔がそびえ、 その周囲には手入れの行き届いた庭園が広がっている。 その片隅では、数輪の青薔薇が朝露をまとい、静かに咲いていた。 人々は、この場所を―― 『青薔薇の離宮』と呼ぶ。 長く忘れ去られていた場所。 だが、この二週間で、その景色は少しずつ変わり始めていた。 止まっていた理紋には光が戻り。 荒れていた庭園は整えられ。 人の笑い声が聞こえるようになった。 そして、その変化の中心には、一人の少女がいる。「順調ね……」 クラリッサはしゃがみ込み、小さな芽を見つめていた。 指先で土を優しく整える。 三輪しか咲いていなかった青薔薇は、今では五輪まで増えていた。「青薔薇って、不思議ですね」 背後から声がする。「また朝から庭か」 振り返ると、エルネストが数冊の資料を抱えて立っていた。「おはようございます」「ああ。おはよう」 クラリッサは嬉しそうに花を指差した。「少しずつ増えているんです」 エルネストも視線を向け、小さく頷く。「本当だな」「ほんの少し手を掛けるだけで、ちゃんと応えてくれるんですね」 風が吹き、青い花弁が揺れた。「未来も、きっと同じなんです」 クラリッサは柔らかく微笑む。「放っておけば枯れてしまう。 でも、誰かが育てれば、ちゃんと花になる」 エルネストはしばらく花を眺めていた。 そして、小さく笑う。「君らしい考え方だ」「そうでしょうか?」「ああ。未来を花に例える者は珍しい」 一拍置いて、続ける。「だが、嫌いじゃない」「……ふふっ」 二人は自然と笑い合った。 その時だった。 花壇の奥で、小さな影が素早く走った。「あら?」 クラリッサが振り向く。 しかし、草むらは静まり返っている。「どうした?」「……今、何かいたような」 エルネストも視線を巡らせた。 だが、何も見当たらない。「小動物でしょう」「そうですね」 二人はそのまま館へ向かった。 今は、まだ。 それだけの出来事だった。 ◆ 食堂には、焼きたてのパンと野菜たっぷりの温かなスープが並んでいた。 窓から差し込む朝日が、木製の食卓を優しく照らして
一匹の鼠が、暗闇の中を走っていた。 逃げていた。 何から逃げているのかは分からない。 ただ―― 背後から近づいてくる足音だけは、 本能で理解していた。 一定の間隔で響く足音。 コツ。 コツ。 コツ。 鼠は腐りかけた木箱の陰へ身を隠した。 乾いた穀物の匂い。 冷たい石壁。 罠の張り巡らされた地下保管庫。 そこは、鼠が生きるには決して恵まれた場所ではなかった。 それでもアッシュ・マウスは、 そこで生き延びていた。 小さな鼻を動かし、餌の匂いを探す。 だが――動けなかった。 白い靴が、目の前で止まったからだ。「……見つけました」 優しい声だった。 鼠が顔を上げる。 そこにいたのは、聖女マリアだった。 マリアはゆっくりとしゃがみ込む。 銀色の瞳が、鼠を見つめていた。「怖がらなくても大丈夫ですよ」 その声には、慈愛すらあった。 鼠は逃げようとする。 だが、その瞬間。 床に淡い黄金の理紋が広がった。 鼠の身体が、小さく震える。 逃げることができない。 マリアは微笑んだ。「あなたを別の存在へ変えるつもりはありません」 黄金の文字列が、鼠の周囲へ浮かび上がる。【個体情報】【種族】アッシュ・マウス【生存能力】旺盛【環境適応】S マリアは静かに確認する。 目の前にいるのは、特別な力を持たない小さな魔物。 戦う力もない。 人を殺す牙もない。 けれど―― それでいい。「あなたに必要なのは、戦う力ではありません」 マリアの指先が、鼠へ伸びる。「生き残る力です」 そっと頭を撫でる。 鼠は怯えたまま動かない。「あなたなら……うってつけですわ」 マリアの銀色の瞳が細められる。「あなたには、もっと生きやすい場所を教えてあげます」 そして、静かに告げた。「アルカディア離宮の地下で」 理紋が、ゆっくりと回転を始める。「誰にも気づかれず」 一つ。「誰にも疑われず」 二つ。「ただ、増え続けなさい」 三つ。 黄金の文字列が組み替えられる。【繁殖固定】 その瞬間。 アッシュ・マウスの身体を、淡い光が包み込んだ。 しかし―― 何も起こらなかった。 姿は変わらない。 異形にもならない。 特別な能力が発現することもない。 ただ一つ。 可能性だけが刻まれた。 この個体が持
王立学園・地下書庫。 巨大な光の書物が、ゆっくりと閉じていく。 パタン――。 その音とともに、過去の景色が霧のように消えていった。 図書塔。 学術祭。 月が落ちる夜。 すべてが一冊の記録となり、本へ還っていく。 やがて光は収束し、地下書庫の静寂だけが残った。 クラリッサは小さく息を吐く。「……これが、原記録」「世界そのものが覚えていたのね」 アルトリウスの告白。 マリアの微笑み。 そして、封印された真実。 静かな灯りと紙の香り。 現実へ戻ってきたのだ。 すると、エルネストが口を開いた。「いや、終わってはいない」 彼は机の上の資料へ視線を落とす。「ようやく始まった」 その言葉に、クラリッサも頷いた。 そうだ。 これは回想ではない。 調査だったのだ。 失われた過去を取り戻し、未来を変えるための。 すると、ジュリアンが手帳を閉じる。「姉上」「はい」「一つだけ、確信したことがあります」 彼は静かに言った。「断罪は偶然ではありません」「……ええ」「今も姉上を苦しめています」 クラリッサの胸が冷たくなる。(そうね、終わっていない……。) すると、エルネストが資料をまとめ始めた。「ここからは対策だ。 過去は変えられない。だが、未来は変えられる」 未来。 かつては、そう思えなかった。 断罪され、追放される運命。 奪われた未来。 だが、今は違う。(私は知っている)(運命は固定されているわけじゃない)(書き換えられる) その瞬間――。 地下書庫の空気が、わずかに震えた。 本棚に刻まれた古代文字が淡く発光し、クラリッサの視界に文字列が浮かぶ。【新規ルート解放】 クラリッサが目を見開く。「……新規ルート?」 すると、エルネストも表示を見る。「何だ?」 新たな文字が浮かび上がった。【第二王子エルネスト】【王国再建計画:開始】【推奨期間:百二十日】【成功条件:未来の固定阻止】【失敗条件:アナスタシス・コード未共鳴】 すると、ジュリアンが少し笑った。「姉上らしいですね」「え?」「今すぐにでも研究を始めそうです」 クラリッサも思わず笑った。「そうかもしれないわね」 すると、エルネストが少し口元を緩める。「離宮で青薔薇を咲かせるのも悪くない」「殿下も研究がお好き
地下保管庫は、重苦しい静寂に包まれていた。 ルシアンの記録を映し終えた《記録保全帳》は静かに閉じられ、 その表紙だけが淡く銀色の光を帯びている。 「何故だ。 過去の記憶見ているはずなのに、まったく覚えがない」 現代のエルネストが口元に手をあてる。 アナスタシス・コードが、突如として激しく明滅する。 薄桃色の理紋が床いっぱいに広がり、 空中へ幾重もの古代文字が浮かび上がった。「まだ、記憶が残っています」 ◆ 低い共鳴音が、地下空間を震わせる。「ごきげんよう、皆様」 優雅な一礼とともに、彼女は姿を現した。 純白の衣装に艶やかな銀髪。 柔らかな微笑み。 マリアだった。 その姿だけを見れば、慈愛に満ちた聖女そのものだ。 しかし、クラリッサには見えていた。 その足元に浮かぶ、黄金の文字が。 エルネストが一歩前へ出る。「その理紋を解析させてもらう。《アナライズ》」 マリアは穏やかに微笑んだ。「どうぞ、ご自由に。 両殿下のお力を、お見せください」 エルネストの理紋が蒼く輝く。 幾重もの術式陣が展開し、複雑な理紋が黄金の術式へ絡みついた。「構造を開示せよ」 黄金文字が浮かび上がる。【ファタリス・シール】【第二段階 試験運用】 エルネストが静かに息を吐いた。「……やはり段階式か」 マリアは微笑んだままだ。「解析がお早いですね」「第一段階では認識誘導。 第二段階では理紋への固定、か」 ジュリアンが息を呑む。(第二段階……) つまり、術式そのものが進化している。 マリアは黄金の理紋へ視線を向けた。「おわかりですか? 理紋が定義する真実へ、人が固定されるのです」 エルネストは解析式をさらに展開した。【試験範囲 王立学園】 【維持条件 固定点保持】 ジュリアンが目を見開く。「固定点……?」 エルネストは黄金の術式を睨んだ。「なるほど。術者自身が中心か」 マリアは否定しなかった。「その通りです。 術者が固定点から離れれば、術式は維持できません」 エルネストの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。「弱点を話すとはな」「構いません」 マリアは穏やかだった。「近づける方がいらっしゃるなら」 ルシアンが声を上げる。「兄上、僕もやります」 エルネストが振り返る。「王家の理紋に《共
地下保管庫を包む静寂の中、誰もすぐには動けなかった。 古びた『王立学園・記録保全帳』は閉じられたまま、 机の中央に置かれている。 その一冊だけで、この国の歴史そのものが揺らぎ始めていた。「国家規模で真実を固定する理紋……」 エルネストが低く呟く。「もし本当に存在するなら、歴史書も、人の記憶も、 証言さえ信用できなくなる」「だからこそ」 ジュリアンは保全帳へ視線を落とした。「改変される前の記録だけを、切り離して保管したのでしょう」 クラリッサは静かに頷く。 その瞬間だった。 パラリ。 保全帳がひとりでに開いた。 誰も触れていない。 銀色の光が頁の奥から滲み出す。「これは……」 エルネストは右手をかざした。「《アナライズ》」 青白い理紋が本を包み込む。【古代理紋術式】【共鳴履歴:解除】【閲覧権限:保護対象確認】「記憶映像ではない」 エルネストが静かに言う。「これは当時の公文書を保存した術式だ」「つまり……」「誰にも改竄される前の記録ということだ」 ◇ 銀色の光が部屋を満たす。 そこへ、一枚の文書が映し出された。【王国極秘文書 第七号】【閲覧資格:王家・アルベリオン家当主】 クラリッサは息を呑む。「極秘文書……」 ゆっくりと文字が浮かび上がる。『第一王妃逝去に伴い、 第一王子ルシアン殿下の王位継承権は凍結する』『これは本人の資質によるものではない』『王国の安定を最優先とするための臨時措置である』 静寂が流れた。 続いて、次の一文が現れる。『王位継承権は将来的に復権可能』 エルネストが目を見開く。「……復権?」 ジュリアンも驚きを隠せない。「そんな記録は、現在の歴史書にはありません」 さらに頁がめくられる。『第一王子は王位継承権を第三位へと繰り下げ、 第二王妃セリーヌの庇護下に入る』 ルシアンが小さく呟く。「……この記録が残っていたなら、僕は随分危うい立場にいた」 エルネストは静かに目を閉じた。「だから父上は、王位継承に慎重になられていたのか……」 さらに最後の文書が現れる。【第一王妃 遺言】 部屋の空気が張り詰める。 美しい筆跡だった。『我が子を争いへ巻き込まないでください。 王位より命を。 地位より優しさを あの子が笑って生きられる
王立学園・地下資料室。 レティシアの記録が消えると、室内には重い沈黙だけが残った。 誰も、すぐには口を開かなかった。 やがてジュリアンが静かに立ち上がり、一つの鍵を机の上へ置く。 黒鉄で造られた重厚な鍵。 柄には、現在の王家では使われていない古い理紋が刻まれていた。「姉上」「昨夜、文書管理局の保管庫から見つかりました」 クラリッサは鍵を手に取る。 見た目以上に重く、冷え切った鉄の感触が掌へ伝わった。「保管庫の鍵……?」「はい。しかも閲覧禁止区域のものです」 エルネストが眉を寄せる。「管理局に、そのような区画があるとは聞いたことがない」「存在そのものが秘匿されています」 ジュリアンは鍵を見つめる。「現在の王家では認証できないほど古い権限で封じられています」 室内の空気が張り詰めた。 クラリッサは静かに頷く。「……確かめましょう」 ◇ 三人は地下通路を進む。 人気のない石造りの廊下。 壁に埋め込まれた魔導灯だけが淡く道を照らしている。 やがて、一枚の巨大な石扉が姿を現した。 幾重にも重なる封印理紋。 長い年月、誰一人として開かなかったことが伝わってくる。「ここです」 ジュリアンが鍵を差し込む。 ゆっくりと回す。 ――ガチャリ。 重い音が地下へ響いた。 石扉が軋みながら開き、閉ざされていた空気が静かに流れ出す。 部屋は意外なほど狭かった。 棚も数えるほどしかない。 その中央に、一冊だけ本が置かれていた。「……これだけ?」 クラリッサが思わず呟く。 エルネストも目を細めた。「封印するには、あまりにも厳重すぎる」「つまり、それだけ価値のある記録ということです」 ジュリアンは慎重に本を持ち上げた。 革表紙には金色の文字が刻まれている。『王立学園・記録保全帳』「保全帳……」 クラリッサはゆっくりとページを開く。 乾いた紙の音が静寂に響いた。 歴代卒業生。 研究成果。 功績。 学園の歴史が几帳面に記録されている。 だが、一ページだけ異様だった。「……え?」 一人分の記録だけが黒く塗り潰されている。『クラリッサ・ド・アルベリオン』「私……?」 胸の奥が僅かに疼く。 何かを思い出せそうで、思い出せない。 無意識に胸元へ手を添える。 だが、そこに眠る《アナスタシ







